大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(ワ)11934号 判決 1980年10月30日

原告 甲野太郎

原告 甲野花子

右両名訴訟代理人弁護士 上原悟

被告 甲野春夫

右訴訟代理人弁護士 兼田俊男

主文

一  被告は原告甲野太郎に対し、金五〇万円、原告甲野花子に対し、金三〇万円及び右各金員に対する昭和五二年一二月二二日から完済まで、年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を被告の負担とし、その一を原告らの負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は原告甲野太郎に対し、金三五二万円、原告甲野花子に対し、金三三二万円及び右各金員に対する昭和五三年二月三日から完済まで年五分の割合による金員を各支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告甲野花子(以下「原告花子」という。)は、別紙目録(一)の土地(以下「本件土地」という。)を、原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)は、同目録(二)の土地(以下「太郎所有土地」という。)を所有していた。

2  原告らは、右各土地をいずれも昭和三八年五月頃投資の目的で買受けたものであるが、原告花子所有の本件土地については同原告が当時夫と離婚訴訟の裁判中であったところから、同原告の次男である被告の名義を借りて所有権取得登記をしていた。

3  その後原告花子と夫との離婚訴訟も延引し、昭和四七年頃、原告花子は夫所有不動産に対し仮処分等の法律手続をとるための費用を捻出する手段として、本件土地を処分すべく、被告に右事情を説明して、同土地の所有名義を原告にもどすよう求め、被告もこれを了承して、昭和四七年四月頃、所有権移転登記手続に必要な一件書類を同原告に交付した。

4  原告花子は、右土地を処分するには、同土地の地形上、太郎所有土地と併せて一括処分する方がより容易に高価に処分しうるものと考え、原告花子所有名義を原告太郎の所有名義に書きかえ原告太郎の名で一括処分し、売得金は原告両名が折半して取得する約束のもとに、昭和四七年五月二三日本件土地を太郎名義で所有権移転登記をなした。

5  原告太郎が、前記土地を処分するため各方面に照会していたところ、被告は原告太郎に対し、昭和四八年一一月、本件土地は被告の所有であるとして、原告太郎への所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴(以下「登記抹消の訴」ともいう。)を新宿簡易裁判所へ提起したため、同年一一月二四日同土地に対し、所有権抹消の予告登記がなされ、かつ被告は、昭和四九年一月、同庁に対し同土地の処分禁止の仮処分申請(以下「本件仮処分申請」ともいう。)をなし、同月一〇日仮処分決定がなされ、同月一二日その旨の登記がなされたため、同土地の処分は事実上不可能となった。

6  原告らは、前記土地が坪当り八万円以上であれば、昭和四八年中、もしくは昭和四九年春までには売却する予定であったが、被告からの前記予告登記及び仮処分登記によって同土地の処分ができないまま今日に至ったものであるところ、昭和五二年一二月現在では同土地の市場価格は昭和四八年から同四九年初め頃に比し、その二分の一ないし四分の一までに下落し、原告らは多大の損害を被った。

これは被告が原告花子所有の本件土地を自己の所有であると偽って登記抹消の訴を提起し、かつ同土地の処分禁止の仮処分をしたためであるから、被告は原告らの被った損害を賠償する義務がある。

7  被告の前記不当訴訟の提起ないし仮処分によって原告らが被った損害は次のとおりである。

(1) 原告花子所有の本件土地四九九平方メートルの昭和四八年一一月又は同四九年一月当時における時価、坪当り八万円から、仮処分執行の解放された昭和五二年一二月現在の時価、坪当り最高四万円を控除した差額、坪当り四万円、合計六〇四万円で、原告らはそれぞれ二分の一宛の権利を有する。

(2) 被告の不当な訴訟の提起維持に対し原告らは応訴し、原告らの訴訟代理人に着手金、謝金として、原告太郎は五〇万円を原告花子は三〇万円を各支払った。

8  よって被告に対し、原告太郎は三五二万円、原告花子は三三二万円及びこれらに対する訴状の送達の翌日である昭和五三年二月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

《以下事実省略》

理由

第一不当訴訟による損害賠償請求について

一  原告花子が本件土地を所有していること、右土地につき被告名義の所有権取得登記がなされていたこと、被告が昭和四七年四月頃、右土地の所有権移転登記に必要な書類を訴外乙山一郎に交付したこと、昭和四七年五月二三日本件土地につき原告太郎名義に所有権移転登記がなされたこと、被告が原告太郎に対し昭和四八年一一月原告花子所有土地は被告の所有であるとして原告太郎への所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴を新宿簡易裁判所へ提起したこと、同月二四日同土地に所有権抹消の予告登記がなされたこと、被告が昭和四九年一月同庁に同土地の処分禁止の仮処分申請をなし同月一〇日仮処分決定がなされ、同月一二日その旨の登記がなされたことはいずれも当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば、被告は原告太郎に対し、本件土地の所有権にもとづき抹消登記手続を請求したが、一審判決は、本件土地の所有権は被告ではなく原告花子に属するとして、被告敗訴の判決をしたこと、被告はこれを不服として控訴し、主位的には所有権にもとづき、予備的には登記名義を有したことから生ずる占有訴権、また真実の権利変動に即応せしめるため登記請求権にもとづき所有権移転登記抹消を請求したが、控訴審は主位的請求についてはほぼ一審判決と同じ理由でこれを棄却し、予備的請求について被告が自己の意思に基づき本件土地の登記名義を他に移転させることを承諾したとの原告の抗弁を認めいずれも棄却したこと、昭和五二年一一月二九日仮処分決定が取消されたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  右事実によれば、被告の提訴ならびに控訴は、結局、登記の抹消を求める請求権がなかったとして被告敗訴の判決の言渡を受けたわけであるが、これが不法行為にあたるか否かは、提訴(上訴)当時理由がないことを知り、あるいはこれを知らなかったとしても容易に知りうるはずであったのにこれを知らず、あえてなしたものかどうか、提訴(上訴)の動機・目的、提訴(上訴)に至るまでの両当事者のとった措置等諸般の事情を総合して提訴(上訴)が社会通念上著しく不当な場合かどうかによって決すべきものと解するのが相当である。

三  そこで被告の提訴、控訴が著しく不当であったか否かにつき判断する。

(一)  《証拠省略》によれば、本件土地は原告花子が投資の目的で購入したもので、原告花子が購入代金を出捐したが、当時原告は夫の丙川太一との間で離婚の訴訟等が係属中であったため、本件土地を自己の所有名義にすることを憚って被告名義としたものであること、夫との裁判費用等で現金が必要となった原告花子が昭和四七年頃、被告に本件土地につき所有権移転登記手続をするに必要な書類を原告花子に交付するように申し出たところ、被告は直ちに承諾し、右書類を原告花子に交付したこと、原告花子は原告太郎と相談のうえ、右土地を処分するには、同土地の地形上、原告太郎所有土地と併せて一括処分する方が高価に売却できると考え、本件土地の所有名義も太郎名義とし、同人の名で一括処分し、売得金は原告両名が折半する約束のもとに昭和四七年五月二三日本件土地を原告太郎名義で所有権移転登記をしたこと、原告花子は自己所有の土地をどのように処分するか被告に告げる必要もないと考えていたので、被告に対し本件土地を原告太郎名義にして一括処分するとは説明しなかったこと、被告は昭和四八年四月頃、本件土地が原告太郎名義で所有権移転登記がなされていることを知ったこと、被告の方から本件土地が原告太郎名義に所有権移転登記がされていることの説明を求められたことはなかったこと、原告花子は昭和四八年頃、原告太郎名義の前記土地を売却しようとしたが原告らの考えている程高く売れなかったので、売却することを一時中止したこと、原告花子は被告が歯科医院を開業するにつき多額の資金援助を被告にしてきたところから、被告に五〇〇万円位の融資方を依頼したところ、被告よりすげなく拒否されたこと、そこで原告花子は銀行から融資を受けることにし、原告太郎も原告花子に協力して銀行から各五〇〇万円宛借り受けたこと、しかるに被告がその後、軽井沢に別荘を建てたり、優雅な生活を見聞するに及び、原告太郎に比べ被告の原告花子に対する非協力的な態度に立腹し、それ以降原告花子は被告に対し悪感情を抱くようになり、原告花子は原告太郎に対する信頼を深めるに至ったこと、原告は、昭和四〇年頃から毎月受けていた被告からの仕送り(昭和四八年当時月一〇万円)を昭和四八年八月以降受取ることを拒否し、その代わり原告花子が夫との離婚訴訟で土地等が手に入っても被告には一銭もやらないと言ったことから、被告は原告花子とその夫との離婚訴訟に関し、原告花子が原告太郎と手を組み、被告を除外したものと受け取り、原告らと被告間の仲は険悪になってきていたこと、

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(二)  右事実によれば、原告花子が被告に一切財産を分け与えないと宣告したことから、被告と原告ら間が険悪な状態になっていた折柄、本件土地が原告太郎名義になったことを知った被告は、原告らに対し本件土地が原告太郎名義になっていることの説明を求める気持の余裕もなく仮に原告らから説明を受けてもこれを信用せず頭から、無視する態度をとったであろうと推認されるのみばかりか、被告は原告花子が昭和三八年頃購入した当初から、本件土地は原告花子の所有であることを十分認識していたにもかかわらず、本件土地を原告花子が原告太郎に真実贈与したにちがいないと邪推し、原告太郎には絶対に本件土地の所有権を取得させまいと決意し、自己が本件土地の真実の所有権者でないことを熟知しつつ、所有権者であると主張して、あるいは、原告太郎に対する抹消登記請求権を有すると信ずるにつき正当な理由が全然存在しないのにもかかわらず、これを有すると主張して登記抹消の訴及び控訴の提起をしたものであり、被告の登記抹消の訴及び控訴の提起は社会通念上著しく不当であって、被告は不当抗争としてこれによって原告らに生じた損害を賠償する義務がある。なお、被告は原告らにも被告に登記抹消の訴及び控訴の提起させるにつき過失が存したと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めるに足りず、仮に被告の主張事実が存したとしても、そのことから原告らに過失が存するとは認め難いので、被告の抗弁は理由がない。

第二不当仮処分による損害賠償請求について

一  前記認定事実によれば、本件本案訴訟の確定により被告は被保全債権が初めから存在しないにもかかわらず、本件仮処分申請をなし、右申請に対し仮処分決定がなされ、その旨の登記がなされたことが明らかとなった。

このように本案訴訟において仮処分債権者敗訴の判決が確定したときは、他に特段の事情がない限り仮処分債権者に過失があるものと推認するのが相当である。

二  そこで被告に仮処分の要件があると信ずるに足りる相当の理由があったか否かについて判断するに、本件全証拠を検討してもこれを認めるに足りる資料はなく、前認定のとおり抹消登記請求権があるものと考えた被告には少なくとも過失があったものというほかないから、被告は原告らに対し、本件仮処分によって生じた損害を賠償する義務がある。なお被告は仮処分の申請を被告にさせるにつき原告らにも過失が存したと主張するが、これが理由のないことは前認定と同様である。

第三不当訴訟及び不当仮処分による損害について

一  本件土地の値下がりを理由とする損害について

《証拠省略》によれば、昭和四八年一〇月ないし同四九年一月頃は別荘地ブームの時期でもあって、本件土地は坪当り七万ないし八万円であったところ、その後オイルショックの襲来により需要は急止し、昭和五二年一二月頃には坪当り約五万円位に値下がったこと、原告らは裁判費用の捻出のため昭和四八年の夏頃から本件土地を売りに出したが、坪当り七万ないし八万円位の相場で、原告らの当時希望していた坪一〇万円に至らなかったので売り急ぐことをやめ、銀行から融資を受けることにしたこと、その後銀行に対する返済もあり、本件土地を処分するため照会していたところ、被告が登記抹消の訴及び本件仮処分を申請してきたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告が昭和四八年一二月頃、坪八万円で本件土地を確実に売却しえたとは認め難く、他に原告らが昭和四八年一二月ないし同四九年一月頃本件土地を坪当り八万円で処分する旨の契約を締結する等、右土地の処分をうかがわせる的確な証拠も見当らず、従って原告らが確実に取得できた利益を喪失したとは解せられない。

もっとも原告太郎は、昭和四八年暮頃、訴外丁星商事の丁原秋夫に坪当り八万円で売ることにしたところ、被告から本件仮処分が申請されたため売却できなくなった旨供述するが、右供述は、本件土地の売買契約の内容につき、特に価額以外の点につきどの程度の合意がなされたのか具体性に欠けるばかりでなく、《証拠省略》によるも、原告らからの坪当り一〇万円で買い取ってほしいとの申入れに対し、訴外丁原が坪当り八万円ならば買受けてもよいと回答したにすぎずこれが最終的確定的なものでないことはその後原告らの方から何の連絡もなく、売買の中止を求められたことからも明らかである。

従って、原告らには損害が発生したものとは認められない。

更に、原告らは、本件土地の値下りを理由として損害を請求しているが、右値下りは前認定のとおり、主としていわゆるオイルショックにより別荘地ブームが下降したことに主たる原因が存するものであり、値下りによる損害は通常生ずべき損害ではなく特別の事情によって生じた損害と解せられる。

ところで、不法行為による損害賠償についても、民法四一六条の規定が類推適用され、特別の事情によって生じた損害については、加害者において右事情を予見しまたは予見することを得べかりしときにかぎり、これを賠償する責を負うものと解すべきである。

そこで、被告に値下りの事情につき予見あるいは予見可能性が存していたか否かにつき検討するに、本件全証拠によるも被告が訴の提起及び仮処分申請時にいわゆるオイルショックにより別荘地の需要が減少しその結果、本件土地が大幅に値下りするに至るという事情を予見し又は予見しうる状況にあったことを認めるに足りない。

以上によれば、被告に対する本件土地の値下がりを理由とする損害賠償の請求は理由がない。

二  弁護士費用について

《証拠省略》によれば、原告らは被告のなした訴の提起及び控訴の提起に対処するため、その訴訟を訴訟代理人に依頼し、原告花子は金三〇万円を、原告太郎は金五〇万円を右代理人にそれぞれ支払ったことが認められ、右費用は不当抗争によって通常生ずべき損害と解するのが相当であるから、被告は原告花子に対し三〇万円を、原告太郎に対し五〇万円をそれぞれ支払う義務がある。

第四結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、被告は原告太郎に対し、金五〇万円、同花子に対し、金三〇万円及びこれらに対する訴状送達の翌日である昭和五二年一二月二二日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 日野忠和)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例